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三次簡易裁判所 昭和32年(ろ)20号 判決 1958年5月26日

被告人 蔦宗義人

主文

被告人を、科料八〇〇円に処する。

右科料を完納することができないときは、二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人枡田一夫、同武田修典に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転者であるが、昭和三二年四月一七日午前一一時一〇分ごろ、双三郡吉舎町大字安田、安田農業協同組合(以下農協と略記する)事務所前において、道路右側に駐車していた自動三輪車広六ま四九四七号を、方向転換のため発進左折するに当り、手、方向指示器その他の方法で合図をしなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)(略)

本件公訴事実を認め得なかつた理由

本件公訴事実は、被告人は判示発進の際、約三〇メートルくらい後方から、渡辺道治郎(当四九年)が自動二輪車を運転して来るのを認めたが、このような場合、被告人としては、右自動二輪車の通過を待つか、或は、判示合図をするとともにその進行の状況に注意し、危険のないことを確認した上左折し、事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、不注意にもこれを怠り、同人が接近するまでには完全に左折し、道路左側の広場に乗り入れ得るものと軽信し、漫然、時速一〇キロくらいにて、道路を斜左に運転進行したため、被告人の運転する自動三輪車の左側前部を、右渡辺道治郎の運転する自動二輪車に接触転倒させ、因つて、同人に、治療に約三ヶ月を要する、左脛骨及び腓骨複雑骨折の傷害を負わせたものであるというのであるが、本件事故は、被告人が判示道路の右側に、車首を東方に向けその左側に二・七メートルの余地を残して停車していた判示自動三輪車を、方向転換のため、斜左前方道路左側の農協倉庫前広場に乗り入れようとして発進し、ハンドルを左に切つて左折し、車体が道路を斜左に横断進行していた際、その左側に、被害者渡辺道治郎が高速度で自動二輪車を乗り入れ、その前方を通過しようとしたため発生したものと認められるところ、当裁判所の検証の結果と、司法警察員作成の実況見分調書(添付図面及び写真共)の記載、並びに、同上樋之元憲夫の供述調書、検察官作成の被告人供述調書の各供述記載を総合すれば、被告人が、判示自動三輪車を農協倉庫前広場に乗り入れようとして後方に注意し、エンジンを吹かし始めた際の渡辺の進行地点は、後方三七・二メートルであり、自動三輪車が始動を開始した際のそれは、自動二輪車の最後部から一九・五メートル後方の地点であつたこと、及び本件衝突事故が、被告人が右停車地点から時速約一〇キロ(秒速二・八メートル)で七・五メートルを進行し、停車した際発生したものであることが認められるので、右渡辺は、被告人が七・五メートル進行する間に、その三、六倍に当る二七メートル進行したものであることを認めることができるから、その速度は、時速三六キロ秒速(一〇メートル)くらいであり、その経過時間は僅か、二・七秒であつたことを認定することができる。

証人渡辺道治郎の当公廷における供述によれば、右渡辺は、約一〇メートルに近接(被告人が二・七五メートル、渡辺が一三・五メートル、いずれも前叙進行距離の二分の一、前進した際の両者の距離は、九・七五メートルであつた筈である)したころ、被告人運転の自動三輪車が、自己の進路(道路左側)前方を道路の左側に向け横断しており、自己の進路と、被告人運転の自動三輪車の進路が、交叉することを認めたのであるが、該自動三輪車は、倉庫前土橋(幅員七・三メートルにして、その両側は、幅〇・九五メートルの水路である)の辺に車首をとめて方向転換するものと判断し、最悪の場合においても、右土橋上をくの字型に運転進行すれば、その前方を通過し得るものと軽信し、前認定のような高速度のまま直進し、接触寸前、ハンドルを左に切つて、被告人運転の自動三輪車の前方に出ようとしたところ、予期に反し、被告人運転の自動三輪車が広場に深く乗り入れたため、自己運転の自動二輪車の前部を、被告人運転の自動三輪車の前部側面に激突(前掲司法警察員作成の、実況見分調書、第二項の(2)(3)及び、添付写真による自動三輪車並びに被害自動二輪車の損害の程度参照)させてその場に転倒し、負傷したものであることを認めることができるので、本件事故は、右渡辺の注意義務懈怠に基くものと思料されるところ、この場合、被告人にもその責に帰すべき過失があつたが、少しく考察を試みたいと思う。

まず、この場合被告人に渡辺の通過を待つべき注意義務があつたかであるが、道路交通取締法一二条一項によれば、車馬は、他の交通を妨害する虞のある場合においては転回してはならないとあるので、かかる虞のある限り、転回のための発進もしてならないこというまでもないが、同所は、幅員四・五五メートルの見透しよい直線、かつ、平坦な道路であり、当時他に車馬の交通なく、被告人が転回のため乗り入れようとする倉庫前広場は、自動三輪車の停車地点から斜左前方に向け僅々数メートル前進することによつて到達し、しかも、その前進に伴い、漸次、道路の右側(自動三輪車の後方)に、渡辺の運転する自動二輪車の通過に十分な余地を生ずる(被告人が七・五メートル前進して停車した際のそれは、約三メートルである。司法警察員作成の実況見分調書添付図面参照)状況であつたのであり、渡辺の運転する自動二輪車は、三七・三メートル後方を進行して来ていたのであるから、被告人の自動三輪車の転回が、右渡辺の交通を妨害する虞があつたとはいえない。かような状況の下において、被告人が、右渡辺の近接するまでには、左折し、同人の交通に支障のない程度に自動車を移動させ得るものと信じたことに過失はなく、渡辺の通過を待たないで発進したことに、注意義務の懈怠ありとすることはできない。

次に、被告人が判示合図をしなかつたことと、本件事故の発生の関係につき案ずるに、渡辺は、前認定のように、約一〇メートル手前において、被告人運転の自動三輪車が、自己の進路前方を横断しておるのを認めたのに、何ら急停車又は徐行の措置を講じないで、故ら、前に認定したような無謀な操縦をしたのであるから、被告人が判示合図をすることによつて、本件事故を防止し得たか甚だ疑問である。

更に又、被告人に、右渡辺が、自己運転の自動二輪車を、被告人運転の自動三輪車の左側に乗り入れた、不測の事態に対し、急停車、後退等の措置をとるべき注意義務があつたかであるが、この場合、被告人に後方を注視し、不測の事態に対しても臨機の措置をとり、事故の発生を防止すべき注意義務のあることもちろんであるが、前叙認定の事実によれば、右渡辺が、約一〇メートル手前において、自己の進路前方を横断しておる、被告人運転の自動三輪車を発見してから、衝突事故発生までの経過時間は、約一・三五秒であり、渡辺の運転する自動二輪車が、被告人運転の自動三輪車の左側横合に乗り入れたのは、その後一秒を経過した後のことと考えられるので、被告人がかかる瞬時の間に前叙の措置をとり、事故の発生を防止することには、期待可能性がないものと考える。

以上により、被告人に業務上過失の責を負わせる訳にいかないものと考えるので、本件公訴の訴因に含まれる判示事実につき、前記のように判決した次第である。

よつて、主文のように判決する。

(裁判官 樫本能章)

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